2018年秋にApple Watch Series 4が登場し、心電図計測と不整脈自動検出の機能が搭載となりました。 発表にはアメリカ心臓協会(AHA)の会長が登場、循環器医としてはびっくりの展開でしたが、 日本では医療機器としての承認が取れず、長らく使えない状態でした。
2020年9月4日に医療機器としての承認が得られたものの、実装の予定は発表されておらず、 いつになるのかと思っていましたが、先日iOS 14.4とwatch OS 7.3がリリースされ、 ついに「心電図アプリケーション」と「不規則な心拍の通知機能」が使用可能(対象はApple Watch Series 4、5、6)となりました。 実際どのような計測が可能になったのか、またその意義と精度も交えて解説したいと思います。
心電図アプリケーションを使って記録
心電図アプリケーションを使うことで「簡易心電図」が取れるようになりました。 液晶の裏側と横側に内蔵されているセンサーで検知しているのですが、 大まかな仕組みなどについては過去の記事「Apple Watch Series 4で可能になった心電図計測と不整脈自動検出が循環器診療に与えるインパクト」 に書いているので先にこちらを読んでいただけるとよりわかりやすいかと思います。
使い方はシンプルで専用のアプリを入れたら、時計を腕につけた状態で竜頭にタッチし、30秒計測するだけです。
記録はPDFファイルで保存され医師と共有することができます。 つまり、今までだったら病院に行かないと取れなかった心電図が簡易版とはいえ、いつでも、どこでも取れるようになったのです。
不規則な心拍の通知
心電図は主体的に計測する必要がありますが、不規則な心拍の通知機能は、心房細動の兆候がないか、 バックグラウンドでユーザーの心拍リズムを時折チェックします。 最低65分以上の時間をかけて5回の心拍リズムのチェックを行い、不規則な心拍リズムが検出されるとユーザーに通知します。
この機能により、自分でも気付いていない間に出ている不整脈を発見できる可能性があります。
精度はどうか
ここまでの話はガジェット系サイトの方がむしろ詳しく解説していたりしますが、ここからは精度に関する論文の解説やその意義について、 心臓を専門とする循環器専門医としての経験も踏まえてお話ししていければと思います。
Apple Heart Study
Perez MV, et al for the Apple Heart Study Investigators: Large-Scale Assessment of a Smartwatch to Identify Atrial Fibrillation. N Engl J Med. 2019; 381: 1909-17.
この研究は2017年11月~2018年8月にかけてアメリカ在住でiPhoneおよびApple Watchを持っている心房細動の既往のない(自己申告による)22歳以上、41万9297名を対象に、心房細動の検出に関する検討を行った大規模研究です。研究結果は医学会で最も権威のある雑誌のひとつであるNew England journal of medicineに掲載されています。
余談ですが、この研究を行っているのは、スティーブ・ジョブズが卒業式で有名なスピーチを送ったスタンフォード大学です。
そもそも心房細動って…
心房細動は、心臓を一定のリズムで動かしている心房が不規則に動いてしまうことで起きる不整脈です。脳梗塞を起こす主要な原因の一つで80歳以上では10人に1人は心房細動があると言われています。
不整脈が出ると違和感を持つ方も多いのですが、中には無症状のうちに心房細動が起きる無症候性心房細動の方もおり、その検出は課題のひとつとされてきました。
心臓の鼓動は心電図で見ると赤色で示したP, Q, R, S, T(それぞれの波の名前です)と文字がついている部分で1回分になり、これを繰り返しています。
通常心臓は一定のリズムで動いており、心電図ではこれを大きい波(Rと書いてある波)から次の大きい波までの間隔が一定かどうか、で判断します(専門的にはRR間隔が整か不整かと表現します)。
さらに心電図の最初の波であるP波は心房の興奮を表していますが、心房細動の場合にはこれが見えなくなります。
つまり、大まかにいえば「RR間隔が不整で、P波がはっきりしない」ものを心電図で心房細動と認識しています。
腕は動かすし、脈の不整はあいまい
Apple Watchは光で血流の変化を測定して、脈と脈の間の時間を記録して、一定かどうかを判断しているようです。「脈の不整」を1回検知した後、4回連続で「脈の不整」を検知した場合に通知することになっているようですが、そもそも正常者でもわずかな脈の間隔のばらつきはあり、自動判定はなかなか難しいのです。
Apple Heart Studyでの「脈の不整」検知と研究の概要
American Heart Journal 2019; 207: 66-75より
さて、研究の内容に話を戻します。こちらはApple Heart Studyの研究方法を説明した別の論文からの説明図になります。
① この研究に興味をもち、登録基準を満たした参加者にApple Watchのアプリケーションを各自ダウンロードしてもらい、不整脈検出通知アルゴリズムによる脈拍記録を開始。
② 不整脈検出の初回通知後は遠隔診療が開始されたが、緊急度が高い症状を呈する場合は救急外来での受診を指示、そうでない参加者には心電図パッチを郵送してモニタリングを開始。
③ 最長7日間のECGパッチ装着と終了後のデータ返信を依頼。初回通知後、心拍の経時的変化を追ったタコグラムと以後の不整脈通知回数も記録。不整脈通知を受けた参加者に対しては,モニタリング開始90日後および終了時にアンケート調査を実施。
④ Apple Watchの装着箇所である手首の血流変化から不整脈を検出。
まずまずの結果だった
「脈の不整」通知を受けた参加者のうち、34%が心電図パッチで心房細動があり、通知の84%が心房細動に一致していたという結果でした。
どの程度の意義があるのか?
心房細動自体は脳梗塞を起こしたり、心機能を低下させたりする危険のある不整脈ですが、程度によってそのリスクは異なります。無症状の心房細動、 特に軽症のものを検出した場合の対応に関しては専門家の中でも議論がなされている最中です。 Apple Watchを代表とするウエラブルデバイスが普及していくことにより今後さらに知見が深まることでしょう。
とはいえ、Apple Watchへの関心が高そうな比較的若い年代の方では心房細動自体の頻度はあまり高くないため、実際にはメリットがある方はそこまで多くないように思います。
個人的に特にメリットがあると考えるのは以下の方々です。
① まれに脈の不整や胸痛などを自覚するが原因がはっきりしていない方
不整脈は、いつも出ているわけではなく、出ている時に心電図で記録が取れないと正確な診断が難しいため、 頻度が低い不整脈は「なかなか捕まえることができず」診断に至らないことも少なくありません。
不整脈を調べる医療機器にはイベントレコーダーという不整脈発作(イベント)が起きた場合に、 スイッチを押すと約30秒さかのぼった時点からの心電図を記録するものや24時間記録できるホルター心電図などがありますが、 常に電極を貼り付けている必要があります。
これらの器具に比べて精度は下がるものの、いつでもチェックできるという点でメリットがあります。
② 65歳以上の方
米国疾病対策予防センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)は、 65歳未満の約2%、65歳以上では9%の人が無症候性心房細動を有していると報告しています。
Apple Heart Studyでは65歳以上の参加者は5.9%でしたが、 心房細動が加齢とともに頻度が上がっていくことを考えると65歳以上の方こそ、 自分できづかない病気を発見できる可能性が高いと思われます。
「還暦のお祝いは赤いちゃんちゃんこではなくApple Watch」 なんて時代がもうそこまできているのかもしれません。
最後に
あくまでApple Watchは簡易の心電図記録しか計測できないため、 病院で計測する心電図や24時間計測を行うホルター心電図などと比べると検査能力に限界はあるものの、 いつでもどこでも計測できるというメリットがあります。
Apple Watchに限らず、Huawei Watchでも大規模研究で 有望な結果が出ていますし、 今後さらなる発展が期待されます。
当院ではApple Watchで不整脈通知を受けた、記録した心電図をみて欲しい、といったご相談も随時受け付けております。お気軽にご相談ください。
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